37.2

食べ物/心理学/教育

教育とは恥を教えることか?

 

今週も終わりました

 

仕事ができるできないとかってどんな基準でされるんだろうと考える。

仕事をしない人、仕事をする人、仕事ができる人、仕事ができない人、その評価基準が人によるのは多少致し方ないとして、

いい職場とは評価基準が効果的かつ客観的で明瞭な場所でないか。

優先順位が明らかでないから余白が生まれるんだと思う。

 

そう思うと大手の人材評価システムはそこそこ理にかなってる。

そのタスクができるできない、するしないの点数評価でステップアップして行くので。

 

人間相手の教育業界、その評価基準が一際難しくはあるけど、

あまりにも曖昧だなあと思う。全般的に主観的なかんじだ。

システム化できるところはすべきだ、そして人の目で評価すべき範囲をなるべく限定してより集中的に視線を注ぐべきだ。

 

上役の人間性に基準の設定から何から評価の全て委ねるのでは良くないよ。

そんなの媚び売るの上手い人の勝ちじゃんなあ。

 

文科省は適当な方向性だけしか指示しないじゃないか。

頭のいいやつの集まりなんだから、普遍的かつ具体的な段階別の人事評価の項目を

もっと出せ。人材育成に力を入れろ。今のままでは格差は埋まらない。

 

 

と、思うのだった。

 

 

生徒に不満はない。

生徒かわいい。子供かわいい。

でもそろそろ私の授業の仕方も変えなきゃな。

ダレる時期だ。

 

思うのは、このままこの子達を社会に出して平気なのか?という心配。

ただ役割として、私は心理社会面のサポートも請け負っているから、甘えられる立場でなければと思う。叱ったり押し付けたりはしない。

そのタイミングが来たところで、やんわり諭すだけだ。

でもこの感覚のままこの子を外に出していいかと言われれば否な場合も多々あって、

そこのところはベテランの先生にやっぱり聞いてみたいのであるが、

そのベテランの先生だってこんな偏った業界でしか生きていないのだから信用ならんのです。

なら自分で考えてとなるんだけど、自分自身真っ当に生きていないのでメジャー路線なんか全然知らないし、自分のポリシーや人を見る目なんてなんて何の役にも立たないのわかってる。

どうやって他人の子を叱ったらいいかわからない。

本当にわからないまま、とりあえず自傷他害や生命の危機にならなければと思う基準はあるが、実際の社会生活で全般的に活かせる知識なんて具体的に何か知ってるわけじゃない。

 

例えば、数学が人生どんな役に立つのか、ざっくり説明できても、なきゃ困る人生を私はあんまり知らない。

そんな知識は無くてもいいと、そう判断するにはあまりにも年が若い人たちになんて説明しようか。

その知識を不要と判断した人たちの滑稽で狭窄な生き方を紹介するしか術はないが、教育者の立場としてそれはどうなんだろうか。

 

私は数学を捨てたから、宇宙飛行士にも気象予報士にもプログラマーや会計士にも興味が持てなかった。医者にも薬剤師にも設計士にもなれなかった。なろうとも思わなかったのでは無く、なりたいと思うことができなかったのだと、この悲しさをどう子供にわかるように説明したらいいのだろう。

 

子供は、まだ何も知らない。

何も知らない人になるなよと、導くには、どういう根拠があれば良いのだろうか。

情けない大人の姿を見せるしかないのだろうか。